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現在では20世紀コミンテルン以来の特殊な政党

「共産党」という言葉は現在では20世紀コミンテルン以来の特殊な政党のことを指すが、19世紀のマルクスの生きた時代の文脈においては、様々な思想的傾向の人々で構成される労働者党は存在したが、共産主義者だけで構成されるいわゆる“共産党”という政党は存在しなかった。1848年2月までロンドンに存在した“共産主義者同盟”は近代的な議会政党でもなく、当然20世紀的な国民政党でもなかった。当時のそれは議会ではなく直接行動によって社会革命を企図する秘密結社であった。このため、現在ではこの文書を『共産主義者宣言』『共産主義者同盟宣言』『共産主義派宣言』と訳すべきとする見解がある(石塚正英、篠原敏昭、大藪龍介、金塚貞文他)。
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本書は発行された直後に革命が起きたために、長らく入手が困難な状況におかれ、1860年代のドイツでは「『共産党宣言』はドイツ国内に一説によると、たった二冊しか残っておらず、その一部は、マルクスの友人であり後に袂を分かったフェルディナント・ラッサールの本箱の中にあったという」(安世舟『ドイツ社会民主党史序説』)。また、ヨーロッパでは「マニフェスト」と言う語で、本書を指すこともある。

日本に於ける最初の翻訳は、1904年11月13日発行の週刊『平民新聞』第53号に幸徳秋水と堺利彦が共訳して掲載したものである(第3章は略された)。ただしこれは、ドイツ語からの翻訳ではなく、サミュエル・ムーアによる英語訳からの重訳であった。この号はただちに官憲の発売禁止措置をうけ、のちに堺が1906年に全文を発表。このときは発禁処分を受けなかったが、大逆事件以後、太平洋戦争が終わるまでの数十年間、非合法のままの扱いをうけた本となった。戦前、マルクスとエンゲルスの本は『資本論』をはじめ数多く読めたが(著作集“Werke”の邦訳も出ている)、綱領文書であるこの『共産党宣言』だけは発禁を解かれなかった。


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2009年07月01日 02:15に投稿されたエントリーのページです。

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